理事長コラム~今月のひとこと~
過去は現在を助けるか、あるいは現在を呑み込むのか
2025-02-25
ノーベル文学賞受賞記念講演「光と糸」でハン・ガンは、4.3事件を扱った『別れを告げない』や光州事件を扱った『少年が来る』にふれて、次のような問いかけをくり返ししている。
過去は現在を助けることができるか?
死者は生者を救うことができるのか?
暴力によって損壊された顔写真を見ながらハン・ガンは、人はなぜこれほど残虐になれるのかと問いかける一方で、なぜあれほど圧倒的な暴力の前にそれでも立ち向かうことが出来たのか、傷を負った人に血を分けるために病院の前に果てしない列をつくることができたのかと問いかける。そして、その残酷さと尊厳の間、人間の二重性を生きる現代の私たちには、死者たちの助けが必要だと論じる。
ノーベル賞受賞の記念公演が行われたのは、昨年の12/20である。韓国でまた、伊大統領による戒厳令が出されたのは12/3である。記念公演がこの戒厳令を意識していたのは間違いない。そして、実際に悲劇的な暴力はくり返されず、数時間で解除された背景には、これらの事件の記憶が影響しているとも言われる。
しかし、現在の世界情勢をみるとき、それは、むしろそう願いたいという希望的観測に過ぎないようにも見えて来る。歴史学者の五百旗頭薫・東大教授は「現代では、不安を抱えた既成勢力が中道で身を寄せ合った時、左右の極にあるポピュリズムが人々には輝いて見える」と語る(朝日24.12.30)。これが、欧米の右傾化や極右政党の台頭にもつながっているという。
先の衆院選などの一連の選挙を経た日本は、戦間期の日本のような2大政党間の政争にも、今のイスラエルや戦間期のドイツのような政党の乱立による混迷にも振れ得るという。ナチスも翼賛体制も、民主主義の中から出て来たと。そして、今のイスラエルの選挙制度を紹介している。
イスラエルの国会は一院制で、全国に1区だけの完全比例代表制を採っている。22年11月の総選挙では40もの政党が争い、議席を得た政党が10にのぼった。3年半の間に5回も総選挙が行われ、政権が安定しない構造がある。政権が過半数を確保し政権をつくるには複数政党と連立を組まねばならない。ネタニヤフ政権がパートナーに選んだのは極右と宗教政党だった。これが戦争を続ける理由と言われる。民主主義だからこそ戦争が止められないとも言える。
なかなか決まらない、時間がかかるのはイライラが募るかも知れない。だからと言って、この100年の過ちをさらにくり返すのか、過去に呑み込まれてさらに破滅に向かうのか、ということが現在に生きる私たちに問われている。民主主義の必然の成り行きとして戦争があるわけではない。
(小河 努)
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