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理事長の連載コラム~今月のひとこと~

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I was born

2021-06-15
 東京の公立福生病院で、透析再開を求めた患者の意思を無視して透析を行わず、大量に鎮静剤を投与して死なせたとして、裁判が起こされている。詳細は避けるが、この裁判では、患者がいったん「透析離脱証明書」にサインした後、撤回して透析再開を求めたにもかかわらず、担当医がそれに応じなかったことの是非が争われている。ちなみに、この福生病院では、2013年の腎センター開設以来、ほかにも透析中止が3件、最初から透析をしないで亡くなった患者が約20人いるという。

 事件の核心ではないかも知れないが、この事件で私がもう一つ感じたのは、人の意思というのは揺れるということである。「意思決定支援」というものの陥穽・落とし穴が、この患者の揺れにも表れていると思う。もう一つ紹介したい。ALS(筋委縮性側索硬化症)協会が2003年に公表した人工呼吸器の装着率である。男女に悲劇的な「格差」があるが、私は、男性67.9%、女性32.0%という装着率の高さに、「呼吸器をつけてまで生きていたくない」などという一般的な「社会意識」のもう一つの本音を見たような気がした。

 たとえばこれらのことが、「障害者は不幸だ」とか「生産性のないヤツは生きていても意味がない」とか、このコロナ禍における生命のトリアージに、私が反対する理由だ。だれしも「その場」に臨めば揺れる可能性を持っているということだ。

 そもそも人は生まれてくるとき、だれしも意味を感じて生まれてくるわけではない。だから、死ぬ意味も、生きる意味も問うてはならない。「生きる意味」を問うこと自体、不遜な行為だと言ったのは、『夜と霧』のヴィクトール・フランクルだったか。

 終わりに、吉野弘の「I was born」という散文詩の一部を紹介したい。短いものなので、ネット等で全文を読まれることをお薦めしたい。生きることは「受身」である。

少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
……やっぱり I was born なんだね……
父は怪訝(けげん)そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
……I was born さ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね……

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