理事長コラム~今月のひとこと~
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東京家族
2013-03-23
山田洋次監督の『東京家族』を観た。観終わったあと、88歳になる一人暮らしの母親を思い浮かべた。ほとんど1日中、ベッド代わりにしているマッサージチェアでテレビを見たり寝たりしている母親の横で、ときにごろんとなって帰るだけだが、その後ろめたさのようなものが東京でそれぞれの暮らしを営んでいる3人の子どもの生活に重なった。
『東京家族』は、言うまでもなく、60年前の『東京物語』(小津安二郎監督)をリメイクしている。しかし、決定的に違うのは、『東京物語』が独り残った老人に「あきらめにゃいけん」と、崩れていく家族の現実をそのままに凝視しているのに対し、『東京家族』では、たった数日の老いた両親の滞在さえ提供できず小市民的な生活に汲々としそれでもいくらかは気にしている長男長女それぞれの家族の姿と、とくに定職につけない三男とそのパートナーの存在を通して、家族はカタチを変えて再生をくり返していくのだという希望を描いていることである。
この映画はまた、監督によれば、2011年の4月にクランクインする予定だったが、3月の大震災で1年撮影を延期してシナリオを書き変えたという。それを象徴するのが、老いた父親が居酒屋で旧友と止めていた酒を飲みながら口にするシーンだ。「どっかで間違うてしもうたんじゃ、この国は」。未来に対する静かな怒りに満ちたもう一つの希望が語られる。
ラストカットでは、老いた父の独り住む大崎上島からの美しい瀬戸内海の島々が映し出される。しかし、その向こうには、原発建設予定地である上関・祝島がある。山田洋次は、そのことを意識して最後のシーンを撮ったのだとインタビューで告白している。