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理事長コラム~今月のひとこと~

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あこがれと現実

2018-10-15
 高校生の頃、背伸びしてマルセル・プルーストの『失われし時を求めて』を読み始めた。難解さに退屈してすぐに止めてしまったが、背伸びした理由は単純である。プルーストは昼間も厚手のカーテンを閉め切って執筆していたと、どこかに書いてあった。どうやらそれは、「花粉症」というものから来るぜん息のせいだった。そのために外出が出来なかったというのだ。花粉から来る病いって、何だろう?さぞかしノーブルなものだろうと、17歳のわたしは妄想した。
 
 わたしが10代の頃は、「花粉症」などという病気は聞いたことがなかった。少なくとも、今のように一般的なものではなかった。語感だけで単純な憧れを持ったのだと思う。30歳になって自分がなったとき、花粉症はノーブルでも繊細なものではないことを思い知った。ただただ目がかゆく、鼻水がズルズル出、くしゃみが続き、イライラする病いの1つに過ぎなかった。
 
 芥川龍之介の遺稿に『歯車』がある。この「歯車」は、日常の歯車が破滅の歯車へ変質していく象徴として描かれるが、主人公の目の端っこに、影のようなものが現れるところから物語が始まる。この黒い影に、10代の私は恐怖感とともにある憧憬を抱いたが、しかし芥川は、実は若年性の飛蚊症にかかっていたのだという珍解釈をどこかで読んだことがあって、どんな病いなのか、この飛蚊症にも大いに特別な感情、おおげさに言えば憧れを抱いた。
 
 60代の半ばになった今、私にもその飛蚊症の影は次第に大きくなっていくというより、目の中に散らばっていくのを感じる。しかし、ひそかな憧れを抱いていた、この飛蚊症というものに実際に自分が侵されてみると、やはり何の感慨も湧かないのがちょっと悲しい。ただ、見にくく、イライラするだけである。凡人の悲哀と言うべきか。それとも、若いうちにちょっとでもワクワクした記憶のあるだけでもいいと思い返すべきなのだろうか。

 

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