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理念とコラム

共視

2020-07-10
 6月という月は、少しばかり因縁めいたものを感じる月だ。まず9日、45年前に障害をもった姉が亡くなった命日である。そして、その姉が亡くなってひと回り後の10日には、後に障害のわかる2女が生まれ、水無月・6月にちなんだ名前をつけた。さらに、23日の沖縄戦の「慰霊の日」には、90を前に母が老衰で死んだ。もう5年になる。
 
 その母の最期をときに思い出す。1年ほど前からボケがすすみ、戦中派ゆえかそれまで口にしなかった生ハムやメロン、刺身、アイスクリームを食べ続けて痛風になり入院した母は、点滴を引き抜こうとしたり、歩こうとしたりして、あっという間にミトンにつなぎの出で立ちとなり、4点柵のベッドを引き連れて個室の住民となった。
 
 点滴を差し替えるたびに大音声でわめき、天井の模様を「虫が這ようる!」と怖がり、床のコードなどを「ゴキブリ!」と立ち上がろうとするのでホトホト弱った。母のボケと怒りは深くなっていった。……が、ここで三好春樹のボケ論集と、わたしらの世代にはザ・フォーク・クルセダーズで有名な精神科医・北山修の『共視論』を読んでいたことが幸いした。
 
 わたしはますます三角になっていく母の眼を見ながらあることを思いついた。主治医の了解を取り、そのようにしてみると、母はおおむね穏やかになった。…わたしがしたこと、…それはベッドでいっしょに寝ることだった。1週間ベッドに入って、母が見ている風景をいっしょに眺めていると、母は落ち着いてきた。天井の模様や床のコードは、確かにそのように見れば見えないことはないと思えるようになった。これが私流「共視論」の解釈だ。「問題の外在化―共有」ともいう。
 
 穏やかになったと言っても、幻視がなくなったわけではない。1分前には息子だったのに、突然「あなた!どうしてベッドに入ってるの!何してるんですか!」とバチバチたたかれ、蹴られたこともある。部屋でタオルをたたんでいると、「どうして(そんなお年で)まだお仕事をしてらっしゃるんですか」と憐れむように声をかけられたこともある。しかし、ぜんたいには穏やかになった。「虫」は悪さをしなくなった。わたしはそのとき、「拘束」を内側から乗りこえるヒントもここにあると思ったりした。
 
 この6月の初め、数年ぶりに、あれでもと思って行ってみた両親と兄姉のお骨の入っていた墓は、やはり更地になっていた。もう一人残っている兄が、交わしていた墓仕舞いの約束を果たしていた。
 
死ではなく、その人がじぶんのなかにのこしていったたしかな記憶を、わたしは信じる。
(長田弘 『花を持って、会いに行く』)

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