事務局長コラム

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障害学の歴史的意味

2025-08-29
先日、立命館大学生存学研究所の上席研究員で、インクルージョンインターナショナル(国際育成会連盟)事務総長、障害学会理事・国際委員長などをされている長瀬修さんが、旧知のくれんど職員の紹介で、竹原に講演に来られたついでにくれんどにも寄られた。

 長瀬修というと、思い出すのは『障害学への招待』(明石書店)の編著者だ。90年代の半ばだったか、「障害学」ということばを初めて聞いたときには、ああこれだというような思いがしたのを覚えている。

 その理由の一つは、それまで障害が、まだまだ治療や福祉という意味で否定的に捉えられる傾向のあったことに対して、その肯定的側面や文化的、社会的側面に光を当て、学問として打ち出したことにある。もう一つは、障害をマイナスではなく、固有な価値を持つ存在としてプラスに捉え、当事者主体という考え方をやはり学として打ち出した点にある。これらの動きが、「特別なニーズ」を打ち出した94年のサラマンカ宣言や95年のろう文化宣言などの具体的な動きを背景にしていたことが今になって分かる。

 このことに関連して、私にも思い出されるエピソードがある。広島では、79養護学校義務化をきっかけに、80年代に反義務化、つまり地域での共育・共生のうねりが高まっていく。80年代の初めに広島では3つの大きな闘争が起きているが、そうしたたたかいの中で、普通学級に入ったり、就学時健診などを止めさせていく動きが広がり、ちらくれんの語る会(家族会)などはその渦中1982年に生まれている。90年代に入ると、4年間高校の定員内不合格者ゼロを実現するという状況のなかで、障害者の高校への門戸も広がっていったが、その一方、地元のろう者団体から批判されたことが忘れられない。

 「地域へ、地域へとあなたたちは言うが、ろう学校から地域へ帰されることで、ろう者の言語的コミュニティは失われているではないか」という指摘である。ろう者という言語的、社会的、文化的マイノリティとしての固有性を、どう考えているのかという投げかけでもあった。その頃、スウェーデンでは、インクルーシブ教育の前提の下で言語的アイデンティティを保障するために、ろう学校だけは残したという話を聞いた。このことが、地域、共生というワードと共に、当事者性、固有性というものを考えるようになったきっかけになったと、いまふり返って思う。医学モデルから社会モデルへの転換と当事者主体は、障害学が学問的にバックアップした成果である。

 生存学研究所のホームページによれば、現在、長瀬さんに特に関心があるのは、「障害者の権利条約の国際的、特に東アジアでの実施と市民社会(科研費「東アジアにおける障害者権利条約の実施」2018-2022)、知的障害者の本人活動(セルフアドボカシー)の誕生と発展など」とある。機会があれば、また来てもらえるとのお話ももらっている。何かのかたちで実現したい。


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