事務局長コラム

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ヒト社会を維持する2つの集団の意味

2024-08-19
 くれんどでは、年に数回まるごとネット呉(呉市地域生活支援拠点)として「強度行動障害支援者養成講座」を開講しているが、その中では、「もう一つのものの見方が出来ないか」という、主流と言われる捉えかたから、いくらかでもずらした観点についても紹介したり強調したりしている。そのことを紹介してみたいと思う。

 『発達障害という希望』(雲母書房)という石川憲彦(児童精神科医)と高岡健(精神科医)の対談集のなかで、石川憲彦はつぎのような発言をしている。

「人間は集団で生活する哺乳類です。それも、群れと家という2つの集団を使い分ける唯一の生物です。…人間が群れを維持していくためには、今日健常者(定型発達者)とされるような心が読める人、つまり集団をまとめる才能のある人が必要です」

「一方、群れを守るためには、常に群れの外を見つめ、警戒したり、測定したり、開拓したりしていく能力も必要になってきます。こういった人たちは内向きの人たちとは違い、人間同士の内部ルールには鈍感ですが、自然的ルールにはとても素直に反応します。このように外向きの才能を与えられた人たちは、人間集団のわずらわしささえなければ、驚くような力を発揮するのです。ズレをもっている、広汎性発達障害者やAD/HDといわれる人たちは、この内と外のズレを含み込む許容度の高い社会では、実にうまくやっていけます」


「内向きの思考だけで集団を守ろうとしていけば、必ずその生物集団は滅びます。…私たちが一次産業・二次産業・三次産業まで発展してきて、いったん行き詰っているのは、内向きの集団をつくっていく人間の作業が、すでに限界に達したからとも言えます。…もう一度、内向きでなかった人たちが作り出す価値を見直しながら動き出すという、時代とは逆向きの方向転換が求められています」
(同書p216)

 引用が長くなったが、ヒトの集団には本来内向きの集団と外向きの集団が必要で、現代という時代は外向きの集団に発達障害というラベリングをして排除をしようとしているのではないかという主張は面白い。かと言って、今という時代「内向きでなかった人たちが作り出す価値を見直しながら動き出す」社会がイメージできているわけでもないが、「広汎性発達障害者」やAD/HDの人たちを石川憲彦が「空気を読まない外向きの人たち」とプラスに評価していることは、アンディ・フォールや山下清などを想起させて面白い。

 外向きな人たちは、内向き社会にあってはある意味「やっかいな存在」である。やっかいな存在は、内向き社会にあっては「弱い存在」ともなる。それを反転させる取り組みの一端を私たちが担っているのだとすれば、それはそれでわくわくしないだろうか。

社会福祉法人くれんど
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