事務局長コラム

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正義とは何か

2023-12-18
 「あなたは路面電車の運転士である。突然ブレーキが利かなくなった。前方には5人の作業員がいる。右側の待避線に入ることも出来るがそこにも1人の作業員がいる。1人を殺せば5人が助かる。さて、あなたはどうするか?」(『これからの「正義」の話をしよう』)

 この難問(アポリア)は、10年ほど前に「ハーバード白熱教室」で話題になった政治哲学者マイケル・サンデルが投げかけた「正義とは何か」の中のエピソードである。

 くれんどの中でも、ある意味究極の選択を迫られるアポリア(難問)が立ち現れることがある。たとえば、(拘束・隔離につながるかも知れない)事故リスクや自傷・他害等のリスクの回避を取るのか、(事故・事件につながるかも知れない)抑制リスクの回避を取るのかという場合である。

 この2つのアポリア(難問)に正解はあるのか。サンデルの問いに関しては、私自身は優先順位をつけられないと考える。運転士はどちらかを選ばなければならないが、その選択の結果は責められるべきではない。

 くれんどで直面することのあるアポリアに対してはどうか。誤解を招くことを承知の上でだが、私としては後者のリスク回避を優先せざるを得ないと考えている。その理由は、障害者が受けてきた否定と排除、隔離の歴史にある。支援者は、歴史的な加害者としての自覚を忘れてはならない。前者を選ぶことは加害の歴史を上塗りすることにしかならないというのがその理由である。

 なぜ、後者を選ぶ必要があるのか。具体例をあげてみる。一つは、70年代の障害者の地域生活と当事者運動をけん引した横塚晃一のことばである。

「泣きながらでも親不孝を詫びながらでも、親の偏愛をけっ飛ばさねばならないのが我々の宿命である」と(『母よ殺すな』)

 「偏愛」とは、当事者からすれば手術、治療、訓練、隔離にほかならなかった。温情主義とパターナリズムとも言われるが、横塚は、それによって否定され続けるいのちから、許容する家族と社会を痛烈に批判した。

 もう一つは、抱き上げた3歳の子どもを歩道橋から落とした八尾事件(2007年)からの教訓である。知的障害と発達障害をもつYさんは出所後、さらに乗り合わせたバスで恒例の女性の首を絞めるという事件を起こし、ふたたび収監されている。現在までつき合い続けている「(社福)ゆうとおん」でのリカバリーの柱は、①否定、叱責ではなく、自己肯定感の涵養につながる対話の継続、②ノーマルな人間関係、地域関係の保障―にある。叱責し続けること(否定)からは、自尊感情は出て来ない。厳罰化によっては犯罪抑止にならないことは、一般の更生保護でも証明されていることである。

 Yさんのケースは、取り組みようによっては、前者のリスクも減らせることを証明している。むろん、前者のリスクを放置して良いということではないことは言うまでもない。

 くれんどにたどり着いた人たち、来ざるを得なかった人たちと、これまで自分を否定され、あるいは自尊感情を失った人たちと、リスクのある地域でもう一度リカバリーできる物語をつくっていこうとするところがくれんどだ。これがくれんどの社会的正義だ。居がいのある、生きがいのある居場所づくりがそれだ。当事者、家族とシャバでのリスクを背負いながら、それでも地域に生きていく。そして、地域に生きるメニューと希望をつくっていきたい。

社会福祉法人くれんど
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地域でともに生き、ともに遊び、ともに働き、ともに暮らす。くれんどは、そんな暮らしや仕事のモデルを実現するために、行くところ、すること、帰るところをつくっています。障害のある人の出番づくりや地域協働事業など、持続可能な地域づくりの担い手の拠点として、活動を広げています。








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