事務局長コラム

尊厳の裏側

2025-11-25

 呉社協主催の介護職員初任者研修(旧2級ヘルパー)の今年度第2回目の養成講座が、9月つばき会館で始まった。最近は、口明けの座学『介護における尊厳の保持と自立支援』(もう一つ『障害の理解』)を担当させてもらっている。

 この講義は、「尊厳」を謳わなければならない理由(虐待)をあげることと、一般的な「自立」の概念を裏返すことを柱にしている。タイトルの揚げ足を取れば、講義は成立する格好だが、今回は、この講義で話した2つのエピソードを紹介したい。と言っても、くれんどではスタッフ会や強度行動障害支援者養成講座などでいつもお話ししているエピソードである。

 一つは、社会学者の上野千鶴子が紹介していた『認知症は怖くない』(高橋幸男著NHK出版)のエピソードである。それによれば、「ひとり暮らしの認知症の人は、家族と暮らす人よりBPSDが起こりにくいだけではなく、程度も軽い」「興奮や暴力は明らかに少なく、介護拒否や『帰る』妄想、物盗られ妄想や嫉妬妄想なども多くない」と。

 もちろん、ひとり暮らしと言っても必要な関係やサービスは保持する必要があるが、なぜ同居等第三者と暮らしている人のほうが、ひとり暮らしにくらべて状態が悪くなるのか。その理由は、「叱る」「責める」「急かす」。「はげます」ことさえ、当事者にとっては自分の現実を否定されることと同じことになるのだそうだ。

 もう一つは、私の母にまつわるエピソード。軽い認知症状態になって1年ほど独り暮らしを続けていたが、その間食べていた生ハム、刺身、メロン、アイスクリームなどの若い頃のカタキを取るかのように食べていた高カロリー食が祟ったのか、痛風で入院することになった。いっきに呆けは深くなり、個室へ移され、ミトンから拘束衣、4点柵に囲まれ、呆けはさらに深くなり、目は怒りで険しくなっていった。

 そのどうしようもない拘束状況で、しかし、私があることをしたら、比較的穏やかになったというエピソードだ。私は何をしたのか。答えは、ベッドに入って一緒に寝た、というもの。これは、北山修の言う「共視」、三好春樹の言う「夕焼けプラン」に近い。私は三好春樹の話から思いついた。

 この2つのエピソードに、私たちがどういうかかわりを当事者と持つべきか、基本的なヒントがあると思う。少なくとも、支配的管理的な処遇からは、回答は出て来ない。

(小河 努)

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