スタッフ日記

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妹とわたし

2026-09-14
利用者と関わる時に大切にしていることを書こうと思うのですが、私がこれを語る上で欠かせないのが妹の存在です。
ということで、まずは私の妹の自慢から。

3つ歳の離れた妹は、私から見ればとても自由で、好きなことを好きと言えて、喜ぶときには全力で喜んで、やりたいことはやって、やりたくないことはやらない、嫌なことは家具でも壁でもガラスでもなんでも破壊しながら全力で拒否します。プライベートはこんな感じで感情の振れ幅が常にMAXですが、勉強(やおそらく仕事も)は真面目で責任感があってコツコツと自分のペースで頑張れます。分からなかったり、ペースを乱されるとノートを破いて投げ出します(笑)

そんな妹は小学校1年生の時から不登校でずっと家に引きこもっていました。それどころか、保育園も行き渋っていたので、元来集団が苦手なんですかね。大人の力にはかなわず強制連行されていましたが。学校に行かない妹に嫌みを言ったり責めたりして、よく喧嘩をしてました。そんな日々を過ごしていましたが、いつからか妹は「障がいがあるんだからしかたない」と言われるようになりました。私から見れば妹はちょっと怒りっぽいだけで(なんなら私から喧嘩をふっかけているのだから、怒って当然ですし)、どこに障がいがあるんだ?と思ってました。障がいがあるとは言われますが、何の障がいなのかは教えてもらえません。「妹が障がい者なら、私だってお母さんだってお父さんだってみんな障がい者じゃん!」と怒ったこともありました。

ただ、私が心配していたのは、全く学校に行っていない妹が将来大人になったときに“1人で生きていけるんだろうか”ということでした。しかし、私のこの心配を聞いてくれる人は誰もいませんでした。母に伝えても「由佳ちゃんは、何も心配しなくて良いからね」としか言われません。大人としては子どもを不安にさせないようにという配慮だったのかもしれませんが、不安はどんどん増幅していきました。

妹が大人になった時に最低限のことはできていて欲しいと思った私は、勉強を教えたり、洗い物をさせたり、、料理をさせたり、、、いろいろやらせてました。妹は私に褒めて欲しくて、すごくよく頑張っていました。でも、私は褒めませんでした。妹が癇癪を起こしたときはボコボコにされながら妹をなだめ、友達と遊ぶことを禁止されて遊べなくなり、妹が家事をするようになるまでは私が全てやっていたんだからやって当然だろという思いもあって…。そんな生活を2年ほど続けていました。両親は仕事が忙しく、学校は嫌で行けず、頼れる人が姉しかいないため、こんな扱いしかしてくれない姉を、妹はずっと好いてくれていました。

母が仕事を辞めて家にいることが多くなり状況は変わりました。相変わらず、どんなに突き放しても話しかけてくれていた妹でしたが、私が妹を傷つけるひとことを言ってしまい、それ以来、言葉を交わすことも、顔を合わせることもなくなりました。これでもう妹に殴られたり蹴られたり噛まれたりすることもなくなって、友達と遊べるし(←これ大事)、自分の勉強に集中できるし、夜は眠れるし、家事は親がやってくれるし、解放された!という気持ちと同時に、私と過ごした2年間のトラウマを思い出しては発狂している妹の声を聞くとかわいそうなことをしたなと…。あんなに嫌いだったのに、もう妹と仲良くできないんだと思うと私はこれから生きていけるんだろうかと思ってました。不安な時は妹が「大丈夫」と言ってくれ(言わせ)、泣いている時はお金を持ってきて励ましてくる(当時の妹の一番好きな物がお金でした笑)妹が割と心の支えだったんですね。

あれから、ちょうど10年が経ちます。私が利用者と関わる時に大切にしていることは、利用者の良いところを1つは絶対に見つけて念頭に置いておくこと。相手が人だということを忘れず、自分がされて嫌なことはしないこと。それから、自分と対等な存在として接することです。きれいごとですが、できれば隠しごとはしたくないです。伝えづらいことも言葉を選びながらなるべく伝えることが理想です。妹と過ごした日々が全てではないですが、多少理不尽なことも笑顔でいられるのは妹のおかげかもしれません。

ちなみに妹は自閉症です。今は手帳をもって父と一緒に美術館やお城に行ったり、好きなラーメン屋巡りをしたり、本を買いあさったり、それなりに充実しているみたいです。高校を卒業した後、半年ほど本人希望でニートをしていましたが、今は就労支援B型事業所と繋がれたようです。まあ、小学校1年生から不登校をしている妹がいきなり毎日通えるわけがないので、ぼちぼちですが。陰ながら応援しています。

(まえはら)

呉市初!手話カフェはじめました。

2026-08-20
7月20日(月・祝)に豆ナ茶屋で「くれのてカフェ」の定期オープン初日を迎えました。祝日ということもあり、想像以上に多くのお客様にご来店いただきました。

「くれのてカフェ」は耳の聞こえないスタッフが手話や筆談で接客し、豆ナ茶屋の飲み物やスイーツを提供するカフェです。このカフェが生まれたきっかけは、でふらくメンバーの1人が県外の手話カフェを訪れたことでした。そこには、聞こえない人も聞こえる人も自然に集まり、手話や筆談で会話を楽しむ温かい空間がありました。

「こんな場所が安浦にもあったらいいな」という思いを大切に温めながら準備を重ね、3年越しに「くれのてカフェ」をオープンすることができました。

当日は、プール帰りのご家族や聞こえないお客様、「手話を勉強中です」と声を掛けてくださった方など、さまざまな方が気軽に立ち寄ってくださいました。初めて来店されたお客様がお土産にチョコテリーヌを購入してくださったり、「コーヒーがおいしい!」とおかわりしてくださったりと、店内は終始にぎやかな雰囲気に包まれました。

「くれのてカフェ」は、手話ができる人も、できない人も気軽に立ち寄り、コーヒーやスイーツを楽しみながら、ゆったりと過ごせる場所を目指しています。

そして、このカフェをきっかけに、聞こえない人が地域でいきいきと活躍していることを知っていただくとともに、手話に関心を持つ人が増え、手話が地域の日常に溶け込み、誰もが自然に手話で繋がり合える安浦になればと願っています。

「くれのてカフェ」は毎月第3月曜日の13時~16時まで豆ナ茶屋で営業しています。皆さまのお越しを心よりお待ちしています。

(なかおか)

これまでの10年とこれからの未来

2026-07-31
気が付けば、くれんどに入社して10年が経ち、いろいろなことを体験してきたなと思います。 福祉のことはほとんどわからないままにくれんどに入社をしてみると、生来の引っ込み気質な所や知識の無さから、何をしたらいいのか分からず、周囲に迷惑をかけたり、やきもきさせてたんじゃないかなと思います。自分としてもこのままでいいんだろうか、自分には福祉の仕事は向いていなかったのではないかと悩む日々でした。

そんな思いとは裏腹にくれんどのいろいろな部署をめぐっていくことになりました。ジョバンニの利用者の名前を覚えきれていない中で、ポナやポラーノに行ったり、慣れてきたころにはカンパネラが立ち上がり、また慣れてきたころにジョバンニに戻ったりするなどいろいろな仕事に触れることが出来たと思います。

そんな中、仕事も少しずつ覚えてきてやれることも見つかってきましたが、次の課題が出てきました。それは私の体力のなさです。当時の私は非力で仕事を休むことが多かったです。このままではいけないと思い、始めたのが体力作りと筋トレです。最初はなかなか続けることが出来ず、三日坊主で終わったり、逆に体力作りで休んでしまうということがありましたが、あきらめずに少しずつ続けていきました。段々と体重も減り、体力がついていくことで仕事を休むことが減り、そのことが自信を持つことに繋がり、仕事の中で余裕を持つことが出来るようになったと思います。余裕が出来ることで視野も前しか見えていなかったのが、周囲を少しずつ見ることが出来るようになり、新しいことに挑戦してみようと思う気持ちが出来てきました。

その頃はジョバンニで畑作業をしていた頃でした。畑の作業で利用者にどう関わってもらおう、どんな作業だと楽しんでくれるだろうかと悩みつつ、自分の中でやりたいことが出来てきました。それは社会福祉士を取ることでした。なぜ取ろうかと考えていたのかというと、福祉のことについてもっと勉強するのなら資格の取得という分かりやすい目標があった方がやりやすいのではと考えていたからでした。いざ勉強を始めると嬉しいことがありました。それはくれんどの中で一緒に社会福祉士を目指す仲間が出来たことです。同じ専門学校に行ったこともあり、相談も気軽にすることができました。仲間が居なければ途中で気持ちが折れてしまったかもしれません。みんなの助力もあり無事合格することができ、とても嬉しい出来事と同時に自分に自信を持つことが出来たきっかけになりました。

資格の勉強や取得を通して、自分はこれだけの知識を付けることが出来たと自分を納得させることができたことで、仕事に対して自信を持てるようになってきたと思います。自信を持てたことで仕事に対して前向きに向き合うことが出来るようになり、これまで以上に頑張ろうと思えるようになりました。

自分のことで精一杯だった自分が、身体を鍛え、知識を付けることで仕事に余裕を持てるようになったことで、誰かを支えられる自分に慣れたのかなと思います。

これからもいろいろと大変なことや楽しいことがあると思いますが頑張っていこうと思います。

(たさか)

こんな夜中に枕かよ

2026-06-16
皆さんは「こんな夜更けにバナナかよ」という本をご存じだろうか?2003年に発行された筋ジストロフィーという難病を抱えた当事者と、そこに入るボランティアの交流を描いたノンフィクション作品である。2018年には大泉洋主演で映画化もされている。この映画は配信で観られるので興味のある方はぜひどうぞ。

そんな私は本も映画も観たはずなのだが、タイトルになっている「こんな夜更けにバナナかよ」のシーン以外はほとんど覚えていないという体たらく。ただ、普段の介助で重度訪問介護のサービスを使っている利用者にも入らせてもらっているので、仕事と内容が重なってしまい、本を読んだとき「自分だったらどう考えるだろう?」と考えてしまってちょっとしんどかった思い出がある。それと同時に、「こんな夜更けにバナナかよ」のシーンのような、そんなドラマみたいなことって早々起こらないよなぁとも思っていた。

ところが最近、私の身にまさかが起きた。その日の朝、私は謎の背中の激痛で体調不良になってしまい仕事を早退。そのまま病院に行くも原因不明で不安なまま帰宅し、臥せっていた。夕食でいつものように内臓をアルコール消毒し、妻に「こんな時でも呑むんだ…」と白い目で見られた後、21時30分頃就寝。

寝入ってしばらくすると、携帯に着信が入る。折り返すと、重度訪問介護で介助に入っているスタッフからの電話だった。「今寝る準備をしているのですが、私が順番を間違えたようで怒ってしまって、枕を入れさせてもらえないんです。どうしたらいいですか?」

……どういうこと? 枕って何?

と、?マークが脳内を駆け巡る。まさかの「こんな夜中に枕かよ」である。

「とりあえず行きます」と答え、寝ぐせ全開のまま息子に車で送ってもらいその方の家へ向かった。

家に入ると、静かすぎて耳鳴りがするくらい空気が凍り付いていた。正直なことを言えば、体調不良で早退した日の夜中に叩き起こされた私は、介助者失格と言われても仕方がないくらいの不機嫌さを顔に出してしまっていた。それでも何とか介助を終わらせたものの、その夜は自分の気持ちにうまく折り合いがつかないまま帰宅した。

翌朝、改めて訪問して落ち着いて話をしてみると、驚きの事実が判明した。介助の順番を間違えたと思っていたのはスタッフではなく、利用者さん本人が順番を勘違いしていたのだ。思わず笑ってしまった。そして少し、ほっとした。

ただ、笑って終わりにできない部分もある。今回の件でいえば、仮に介助の順番が多少前後したところで、介助そのものに実質的な不都合はほとんどない。でも、本人にとってはそうじゃない。いつもの流れで、いつものやり方で進めてもらうこと。それは単なる習慣の話ではなく、自分らしい暮らしをつづけるための、小さなことだけど大切なことなのだと思う。だからこそ、そこを蔑ろにすることはできない。

生活をしていると掃除・洗濯・調理など、家のことひとつひとつにそれぞれのやり方がある。介助方法は当然個々様々である。私たちからすれば「どっちでもいいじゃん」と思うことも、本人にとっては変更できない重要なことだったりする。そしてよく考えてみると、「どっちでもいいじゃん」というのは、実はこちらのやり方に合わせろと言っているのと同じなのかもしれない。自分ではできないから介助者に指示を出してやってもらっている。それなのに「どっちでもいいじゃん」と言われたら、自分のやり方を否定されたような気持ちになるだろう。こちらの何気ない一言や態度が、知らずしらずのうちに相手の尊厳を傷つけていることがあるのではないか。

「こんな夜更けにバナナかよ」のシーンはドラマみたいだと思っていた。でも「こんな夜中に枕かよ」は、もっと地味で、もっとリアルで、そしてちょっと笑えるオチまでついた。それでもやっぱり、介助という仕事の難しさと面白さ、そして奥深さを改めて教えてくれた夜だったと思っている。

(くろかわ)

あそびの中で育つ力

2026-05-20
小学生の放課後等デイサービス「ポラーノ広場」では、あそびを中心に、次のような願いを込めて放課後の時間を過ごしています。

①たのしく
 居心地のよい居場所になってほしい
②なかよく
 人とのかかわりを大切にする人になってほしい
③チャレンジ
 新しいことに一歩踏み出す楽しさを感じてほしい

今回は、最近のポラーノ広場の子どもたちの成長を感じる場面の一つをご紹介します。

グラウンドゴルフを行いました。楽しみながら体を動かす機会として取り入れ、ボールを打つ・狙うといった動作を通して、手先や全身の協調性の向上を図るとともに、達成感を味わえるよう関わりました。

また、安全に気をつけてボールを打つことや、順番を待つこと、ルールを守ることなどを大切にしています。なんと!!ホールインワンを達成する子どももいました。繰り返し取り組む中で、子どもたちの腕前もぐんぐん向上してきています。

子どもたちが「できた!」という達成感を味わうとともに、友だちと関わりながら相手を思いやり、励まし合う姿も大切にしていきたいと考えています。

 「楽しい」という気持ちを大切にした活動をこれからも続けていきたいと思います。

(やまもと)
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社会福祉法人くれんど
広島県呉市安浦町水尻1-3-1
TEL.0823-84-3731
FAX.0823-84-4041
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  1. 基幹相談支援センター、地域生活支援拠点、自立支援協議会、居住支援法人、自立準備ホーム

  2. 計画相談支援、地域移行支援、地域定着支援、自立生活援助、障害児相談支援

  3. 居宅介護、重度訪問介護、訪問介護

  4. ショートステイ、日中一時支援

  5. 移動支援、行動援護、同行援護

  6. 放課後等デイサービス、保育所等訪問支援

  7. 就労継続支援B型、生活介護、就労定着支援

  8. グループホーム

  9. コミュニティ事業

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地域でともに生き、ともに遊び、ともに働き、ともに暮らす。くれんどは、そんな暮らしや仕事のモデルを実現するために、行くところ、すること、帰るところをつくっています。障害のある人の出番づくりや地域協働事業など、持続可能な地域づくりの担い手の拠点として、活動を広げています。








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