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理念とコラム

津久井やまゆり園事件の判決から

2020-04-20
 重度障害者19人を殺害し、職員2人を含む26人に重軽傷を負わせた津久井やまゆり園事件の判決が、3月16日横浜地裁で出された。判決は責任能力を認めて死刑、植松被告はどんな判決になっても控訴しないと言っていたので、控訴しなければこれで結審となる。異例の速さである。1/8の初公判以来16回の審理を重ねてきたとは言え、幕引きを図ってしまいたいという「社会の本音」の代弁なのか。
 
 今日の報道で、一部の関係者、裁判員の、「障害者への差別意識の解明にはほど遠い裁判」「浅い裁判」「背景に何があったのか、裁判員を経験しても分からなかった」等々のコメントがまず目に飛び込んで来た。一方で、「障害者を差別し、過酷な境遇に置いて来た歴史が厳として存在する」「事件を問い続ける責任が社会にある」などの論調も散見された。
 
 わたしは、実際の行動が短絡的であるとしても、植松被告の動機や背景については、16年2月の大島衆議院議長への手紙や、この間の面会、公判の随所に出ていると思っている。時間をかける必要があるとすれば、かれがそのような意識を持つようになった社会背景についての糾明だ。
 
 植松被告は、大島衆議院議長への手紙以来、一貫して次のような主張をくり返している。①障害者は不幸だ―②障害者はいないほうがいい―③だから自分が手を下す。その背景をまとめてみると、2つに整理される。
 
 ①被告自身が「社会不適論」にとらわれていたこと。社会の「役に立たない」(生産性を持たない)とされる障害者を抹殺することで、「社会の役に立とう」とした―被告自身の不安や焦りはなかったのか。
 
 ②入所施設「やまゆり園」で疑問が確信に変わったこと。施設では、当初は「やりがいがある」と感じていたが、勤務を続ける間に「障害者は人間扱いされていない、かわいそうだ」と思うようになり、あげくは「重度障害者に生きる価値はない、社会を不幸にする」と確信を持つようになっていった大きな要因は、施設職員の入所者へのかかわりにあった。
 
 さらに被告自身が①の「社会不適論」にとらわれた背景には、小学校教員の父、漫画家の母の間に生まれ、特別支援学校の教員をめざして挫折した後は、色彫りを入れて「社会的自己」をいわば抹殺していたことが指摘されている。
 
 ②のエピソードの一つを、植松被告は衆議院議長への手紙のなかで、「車イスに縛り付けられたまま一生を過ごす気の毒な利用者…」と明らかにしている。実際に、津久井やまゆり園事件検証委員会による調査では、これまで入所者計25人に対し、「車いすに固定する」「指が動かせない手袋を付ける」「居室に外から施錠する」などの身体拘束や、「居室施錠を24時間近く数日続けている事例が2件あった」ことが明らかになっている。
 
 糾明すべきは、「要不要」が生産性の有無で評価される私たちの社会のありようである。そして、入所施設ひいては、私たち自身の当事者に対するふだんの目線である。社会意識としての差別観念が、どのようにして形成され、現存しているのかを糾明し、そこから脱却していく道筋を、現場にいる私たち自身が発信する時期に来ている。

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